2016年9月7日 星期三

renshengqishigulaixi

朝囘日日典春衣 毎日江頭盡醉歸
酒債尋常行處有 人生七十古來稀
穿花蛺蝶深深見 點水蜻蜓款款飛
傳語風光共流轉 暫時相賞莫相違

杜甫は,人生五十九年。

2016年9月5日 星期一

吏即來救信

……往冬時、爲王使於楚、至莒縣陽周水、而莒橋梁頗壞、信則擥車轅、未欲渡也、馬驚即墮、信身入水中、幾死、吏即來救信、出之水中、衣盡濡……
『史記』倉公伝・診藉
信は車轅(ながえ)を擥(つか)んでいたのだから,車からは降りて橋の上に立っていたはずだと思う。車に乗ったまま,ながえをつかんだのでは,かえって危険だろう。壊れた橋の上に立ち,車のながえにすがって,水の流れをのぞき込んでいたとしたら,馬が驚けば橋の上の信も流れに墜ちる,ことはそれはあるだろう。


助けてくれたという吏はどこにいたのか。車が上図のようなものだったとすると,乗ってきたのは御者と信だろう。御者が救ってくれたのなら,「御者が救った」と書くだろうから,吏はお供の中にいたと思う。それが悲鳴を聞いてとんで来て,水中から救い出してくれた。呼びに行って,駆けつけて,というような悠長なことではなかったと思う。立っていた場所から直に飛び込んで,だったかも知れない。それでも「吏即來救信」と書いたんじゃないか。この「來」に,「やってきて」とわざわざ訳すような,それほどに重い意味は無いんじゃないか。「即」のほうが大事なんじゃないか。

2016年8月26日 星期五

呪術を問う

今の針灸治療師は,どうして針灸が効くのかを知らない。
効くために「どうして」が必要かと問われれば,微妙なところだろうが,やっぱり「何故だかわからんが」ではお呪いのごときもの。では,お呪いで治ったんではダメか。そりゃ何ででも治ったほうがいい。
お呪いはデタラメかというと,それもやっぱり違うと思う。しかるべく禹歩し,しかるべき符を焼き,しかるべき呪を唱える。呪術は科学の母だと思う。お祈りさえすれば何でも叶うという信仰とは違う。
ただ,しかるべき禹歩、符呪とは何か。「だって,老師がそう言ったんだもの!」
老師がなんと言ったにせよ,無駄は有る,誤謬も有るだろう。「本当なの?」と,自問する気苦労なやからも,少しはいたほうが好いと思う。

2016年8月13日 星期六

夜の陽炎

……夜必燈,歲費油若干斛。天日高霽,霏霏靄靄,搖搖曳曳,有光怪出其上,如香煙繚繞,半日方散。……張岱『陶庵夢憶』報恩塔
……夜は必ず燈をともし、一年に何石からの油がいるそうである。天高く晴れわたった日は、ちらちら、もやもやと陽炎が立って、ゆらゆらとたなびき、光が怪しくその上に出て、香の煙のようにまつわりめぐり、半日ほども消えぬ。……岩波文庫の訳
この訳者,ひょっとして,まさかとは思うが,「天日高霽」以下数句を昼間のことと思ってませんか?もしくは夜間にも陽炎は立つ,と(立つんですか?)。「陽炎が立って」は無い方が良かったような気がする。
……夜は必ず燈をともし,一年に何石からの油がいるそうである。天高く晴れわたった日は,ちらちらもやもや,ゆらゆらひらひらとたなびき,光が怪しくその上に出て,香の煙のようにまつわりめぐり,(夜が明けて)半日ほども消えぬ。……

2016年8月6日 星期六

玉英

『霊枢』根結第五:
厥陰,根于大敦,結于玉英,絡于膻中。

渋江抽斎『霊枢講義』
『大素』、絡作終、
〈馬蒔〉曰、足厥陰肝經、其根起於大敦、〔足大指端外側〕結於玉英、即玉堂穴、係任脉經、〔紫宮下一寸六分〕絡于膻中、〔玉堂下一寸六分兩乳間陷中〕
〈張兆璜〉曰、玉英、謂唇内之齦交、英、飾也、謂齒白如玉飾也、
〈張志聰〉曰、絡于膻中者、肝脉貫膈也、
〈桂山先生〉曰、厥陰特多此一句、按『甲乙』云、玉堂、一名玉英、〈張兆璜〉以玉英爲齦交、亦未見所據、

郭靄春『黄帝内経霊枢校注語訳』
玉英:就是玉堂穴。《甲乙》巻三第十四:“玉堂,一名玉英。”

黄龍祥『経絡理論還原与重構大綱』
……手太陰与足厥陰所“結”之処相距太遠,難以牽就,必須分別説明,故以“玉英”(即前陰)為足厥陰之“結”,而以“膻中”為手厥陰之“結”。其余手足二陰和手足三陽所“結”之処相同或相合,故無需分述,……

『太素』巻二十九 脹論
廉泉玉英者,津液之道也。故五藏六府各有畔界,其病各有形狀。
楊上善云:廉泉乃是涎唾之道,玉英復爲溲便之路,故名津液道也。此則藏府畔界,故藏府病形各異。

2016年6月25日 星期六

そして お仕舞い の 始まり

欧州連合から連合王国が離脱して、連合王国から蘇格蘭と北愛蘭が離脱して欧州連合に加入し、さらに残留派が多数だったという倫敦が……。


2016年6月20日 星期一

筋瘻頸腫

『太素』卷13身度 經筋
手太陽之筋,起於小指之上,上結於捥,上循臂內廉,結於肘內兌骨之後,彈之應於小指之上①,上入結於腋下
其支者,後走掖後廉,上繞肩甲,循出足太陽之筋前,結於耳後完骨;
其支者,入耳中
其直者,出耳上,下結於②,上屬外眥。
其病小指支痛③,肘內兌骨後廉痛,循臂陰入腋下④,腋下痛,掖後廉痛,繞肩、肩甲⑤引而痛,應耳中鳴痛,引瞑,良久乃能⑥視。頸筋急則爲筋瘻頸腫,寒熱在頸者。
治在燔鍼却刺,以知爲數,以痛爲輸。
其爲腫者,而兌之
其支者,上曲牙,循耳前屬目外眥,上額結於角。⑨
其病當所過者支轉筋。
治在燔鍼却刺,以知爲數,以痛爲輸,名曰仲夏痹。
【校異】
①彈之應於小指之上:筋の走行と直接に関わらない句を挟むの異例である。
②顑:『霊枢』は「頷」に作る。
③小指支痛:『霊枢』には「痛」字は無い。
④循臂陰入腋下:この走行の句は不必要。
⑤繞肩肩甲:『霊枢』は「繞肩胛」作る。
⑥能:『霊枢』は「得」に作る。
⑦この数句が二重に有るのは異例である。
⑧傷:『霊枢』は「復」に作り,『太素』楊注にも「傷,或爲復也」(銭教授の指摘に従う)と言う。
⑨再び筋の走行を述べるのは異例である。

下線を引いた部位名は,筋の走行と病症が(順序までも)きっちりと対応する。
例外の「頸筋急則爲筋瘻頸腫,寒熱在頸者,傷而兌之。」は,おそらくは出処を殊にする句なのだろう。
「傷而兌之」は,鑱針でも用いて膿を除くのだと思う。言わずもがなだが,兌は鋭に通じる。

2016年6月17日 星期五

気づいたときには満開で

 雨にぬれて……

2016年5月20日 星期五

新新新新新校正

案内が遅れましたが,『黄帝内経太素新新校正』の第四修訂版を,今年の万愚節に出してます。
さすがにこれでおしまいにしたい。

日本内経医学会に発売元をお願いしています。



2016年2月19日 星期五

臨床的に……

古典を読むということには,少なくとも三つの段階が有る。
先ず字句の誤りを正し,詞義の辨別をしなければならない。
次いで原著者は,何を経験し,何を伝えようとしているのかを,読み解く必要が有る。
その上で,原著者は自分の経験をこう表現しているが,現代人の目からすれば本当はこうじゃないかと,言い換える必要が有るかも知れない。
本当にそうなのか,実証を試みるのは,さらにその後である。
例えば「虚すればその母を補う」,話を単純化するために,五蔵の虚証と判じて,その名を冠した経をとり,さらに五行の相生関係に拠って母の経も取る,とする。五行説の信奉者はそれでいいだろうが,現代の科学者はこの説明で満足できるのか。
取る経の組み合わせは:
心虚:手少陰(火)と足厥陰(土)
肺虚:手太陰(金)と足太陰(土)
脾虚:足太陰(土)と手少陰(火)
肝虚:足厥陰(木)と足少陰(水)
腎虚:足少陰(水)と手太陰(金)
心虚は治療の対象にならないことになっているけれど,まあ理屈の話ですから。
で,肝虚以外は手足の組み合わせになっている。すると肝虚も,例えば手足の同名経を取ってみたらどうか。つまり手足の厥陰を取る。それってつまり,現今の心虚は無いよ,心包虚なら有るよ,の組み合わせだよね。そこで,肝虚は,心包虚として治療したほうが効くのと違うか。
な~んてところまで踏み込まないと,古典から臨床へという,「科学的な」研究にはならないのと違うか。
手足の同名経の組み合わせと,いっそ前後(太陰―少陰)の組み合わせ。手少陰と足少陰という組み合わせも有りうるんじゃないか。あるいは手少陰と足厥陰という組み合わせがダメなんじゃないか。
   手太陰← →足太陰
      ↖ ↗
   手厥陰← →足厥陰
      ↙ ↘
   手少陰← →足少陰