2014年5月31日 星期六

九卷云 又曰

醫學六經本『甲乙經』卷5鍼灸禁忌第一上の冒頭付近
L02故刺絡脉諸滎大經分肉之間甚者深取之間者淺取之
S16素問曰春刺散兪及與分理血出而止 
S61又曰春者木始治肝氣始生肝氣急其風疾經脉常深其氣少不能深入故取絡脉分肉之間
L44九卷春刺滎/者正同於義爲是
L21又曰春取絡脉治皮膚
L19又曰春取經與脉分肉之間/二者義亦畧同
S64曰春氣在經脉
L02取諸兪孫絡肌肉皮膚之上
L44又曰刺兪/二者正同於義爲是/長夏刺經
L19又曰取盛經絡取分間絶皮膚
L21又曰夏取分腠治肌肉/義亦畧同
S16素問曰夏刺絡兪見血而止
S61又曰夏者火始治心氣始長脉瘦氣弱陽氣流溢血温於腠内至於經故取盛經分腠絶膚而病去者邪居淺也所謂盛經者陽脉也/義亦畧同
S64又曰夏氣在孫絡長夏氣在肌肉
L02刺諸合餘如春法
L19秋取經俞邪氣在府取之於合
S16素問曰秋刺皮膚循理上下同法
S61又曰秋者金始治肺將收殺金將勝火陽氣在合陰初勝濕氣反體陰氣未盛未能深入故取兪以瀉陰邪取合以虗陽邪陽氣始衰故取於合/是謂始秋之治變也
S64又曰秋氣在膚/閉腠者是也
L21九卷又曰秋取氣口治筋脉/於義不同
L02取井諸俞之分欲深而留之
L19又曰冬取井滎
S16素問曰冬取兪竅及於分理甚者直下間者散下/兪竅與諸兪之分義亦畧同
S61又曰冬者水始治腎方閉陽氣衰少陰氣堅盛巨陽伏沉陽脉乃去取井以下陰逆取滎以通氣
S61又曰冬取井滎春不鼽衂/是謂末冬之治變也
S64又曰冬氣在骨髓
L44曰冬刺井病在藏取之井/二者正同於義爲是
L21又曰冬取經兪治骨髓五藏/五藏則同經兪有疑

「又曰春刺兪」は「又曰夏刺兪」の誤り。
『靈樞』本輸からの文字が主文。主文だけでは不足のところには,『素問』もしくは『九卷』の文を補う。又曰として幾つもの文を補うことも有る。引く書物が替わるときには書名をいうべきであるのに怠ったのは,春の最後の「春氣在經脉」。再び「素問曰」とすべき。それと冬の最後のあたり,『素問』四時刺逆從論の後に『靈樞』順氣一日四時を引いたところは,再び「九卷曰」とすべき。
「九卷云」は「九卷曰」ではないのか。「九卷曰」であればこそ,「又曰」として『靈樞』からの三條を引くことができる。
「九卷云」としたのは,「者正同於義爲是」というコメントが有るのが關わるかも知れぬが,下例に據って,「二」字を補って「二者正同,於義爲是」とすれば濟むことだろう。

『靈樞』本輸を主文として,『素問』から幾篇か,『靈樞』からも幾篇か,を引いて補う。本當は,その順序は概ね同じであるべきだと思う。異なる場合には,何か理由が有るべきだと思う。引く書物が替わるのに「又曰」という箇所は,頗る疑わしい。

2014年5月28日 星期三

大知閑閑 小知間間

『莊子』斉物篇に「大知は閑閑たり,小知は間間たり」とあり,現代語訳して「大きな知はゆうゆう,小さな知はこせこせ」という。よりどころとして,閑は大であり,間は覗である。
そんなことがあるだろうか。閑と間は通じて,いずれにせよ余裕があるとか隙間があるとかではないのか。
同じことなんだけど,肯定的には大らかにゆうゆうで,否定的には,うまい表現を思いつけないんだが,ようするに締まりが無い。
大知と小知に同じ,もしくはほとんど同じ表現を用いて,でも微妙に,あるいは決定的に違う,と表現したのではないか。一字一字の意味なんて,閑も間も,良い意味でありうるし,悪い意味でもありうる。

2014年5月9日 星期五

以移其神

『黄帝内經太素』卷二十二・三刺
深居靜處,
〔爲鍼調氣,凡有六種:深□□□□□□靜,一也。〕
與神往來,
〔去妄心,隨神動,二也。〕
閉戶塞牖,魂魄不散,
〔去馳散,守魂魄,三也。〕
專意一神,精氣不分,
〔去異思,守精神,四也。〕
無聞人聲,以收其精,
〔去異聽,守精氣,五也。〕
必一其神,令之在鍼,淺而留之,微而浮之,以其神,氣至乃休。
移,平和也,守鍼下和氣,六也。〕
しかし,移に平和なんて意味が有るのかね。いろいろ字典、詞典を引いてみたけれど,それらしいものを見つけられないでいる。で,『太素』の画像を見直してみると,平よりも卒に近いような気もしてきた。卒和なら分かるかというと,やっぱり分からん。

2014年4月13日 星期日

2014年4月7日 星期一

みなさんお行儀がいいので

『霊枢』経水篇に:
足陽明,五藏六府之海也,其脉大血多,氣盛熱壯,刺此者不深弗散,不留不寫也。
足陽明,刺深六分,留十呼。
足太陽,深五分,留七呼。
足少陽,深四分,留五呼。
足太陰,深三分,留四呼。
足少陰,深二分,留三呼。
足厥陰,深一分,留二呼。
手之陰陽,其受氣之道近,其氣之來疾,其刺深者,皆無過二分,其留皆無過一呼。
其少長大小肥痩,以心撩之,命曰法天之常。
とある。手之陰陽との対比からすれば,前の足陽明は足之陰陽の誤りの可能性が有る。大当たりか,トンデモけしからぬ妄想なるか,それはマア兎も角として,誰も何もおっしゃってない,みたい,皆さんお行儀がよくていらっしゃるから。

2014年3月29日 星期六

漢字は,もともとは絵であったろうから,二人のものがそれぞれに工夫すれば,同じことを表現するに,二通りの絵ということもまま有ったろう。そういう発想の異なる絵が,形体を異にする文字になってしまうのは,納得できる。気にさわるのは,同じ発想の絵が,標準化の過程で別の種類の整理によって,二通りの文字になったといわれる場合で,手書きならそこが漢字のフレキシブルなところ,便利なところと嘯いていられるが,活字、フォントとなるとそうはいかない。極端な話,シンニュウの点の数で,試験の合否が決まったんではどうもならん。そこまでで無くとも「脈」と「脉」,こんなのはもともと同じでしょう。脉の右半は別に永じゃない。𠂢(脈の右半,環境によっては化けるかも)の書き順を変えれば,たぶん,こうなる。𠂢(脈の右半)、乑(衆の異体字らしい)、永,そっくりじゃないか。なまじ活字、フォントの用意が有るから,脈か脉か,どちらを使おうかと迷うけど,しょうもない。仁和寺本『太素』なんぞでは,さらに二の下に水のような形になっている。これには流石にフォントが無い,と思ったら,有ったよオイ,って部品のはなしだけど。𣱵(亠の下に水,勿論,化けるだろう),最初の一画がゝだけど,仁和寺『太素』だって……。

2014年3月22日 星期六

閒は間の旧字体,そのように記憶していた。実際に,『漢辞海』にもそのように載っている。ところがである。《通用规范汉字字典》(王宁主编 商务印书馆 2013年)には,闲の繁体字として閑が,異体字として閒が載る。どうしたことか。


2014年3月11日 星期二

人無癖不可與交,以其無深情也;人無疵不過與交,以其無真氣也。
張岱『陶庵夢憶』祁止祥癖,また同『瑯嬛文集』五異人傳より。

2014年3月3日 星期一

其他奇方異治

『甲乙経』皇甫謐序に:
……漢有華佗、張仲景。其他奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末。……
とあり、張燦玾氏も黄龍祥氏も、「其他」は「華陀」であるべしとして、『千金翼方』序を証拠に挙げるが、合点がいかぬ。
……漢有倉公、仲景,魏有華他,並皆探賾索隱,……
漢代の人として倉公と仲景だけを挙げたから、魏には華陀というのであって、『甲乙経』皇甫謐序のように漢代の人として、華佗と張仲景を挙げたのであれば、改めて華陀の奇方異治がどうのこうのという必要は無い。『千金翼方』序なんて、他は佗に通じるという証拠くらいにしかならない。
……漢に華佗、張仲景有り。其の他に奇方異治を,世に施すもの多し,またことごとくその本末を記すこと能わず。……
で、なんでいけないんだ。張氏とか黄氏とか、碩学がこぞって咎めるところからすると、「其他」云々では現代漢語として、気色が悪いんだろうか。

2014年2月23日 星期日

裹誤作里

最近,中国で出版される中医古籍の多くは,簡体字版である。好いんだろうか。好いんだろうなあ。
でも,例えば,
裹:原误作「里」,据○○本改。
なんてやったら,滑稽じゃないのか。これは当然,
裹:原誤作「裏」,據○○本改。
とすべきである。そうでなければ,ほとんど無意味である。
だから最近は,すっぱりと校記なんか全く無しというのまで出てきた。好いんだろうか。好いんだろうなあ。
でも,子供あつかいにされているように思う。