2017年3月28日 星期二

標点符号

分析馬王堆出土帛書《陰陽十一脈》、《足臂十一脈》和《霊枢・経脈》経脈学説文本,発現完整的経脈学説包括:循行、病候、診法、治則、治療等五項。其中,不同時期各伝本共有的只一項:病候――経脈学説不可或缺的核心要素,若没有病候診法治則治療皆無所依循行也将失去意義。


2017年3月25日 星期六

細節にこだわらず

少陽之脈,乍小乍大,乍長,乍短,動揺六分。……
少陽之脈乍短,乍長,乍大,乍小。……
――『脈経・扁鵲陰陽脈法第二』巻五
変だよね。
でもこんなの,著者でなくて,出版社の編集・校正の責任だよ。


2017年3月9日 星期四

任脈は妊娠の脈?

督は,䐁と同音で,尾下竅の意が有りうる。つまり,督脈は後陰の脈かも知れない。
しからば,任脈は前陰の脈ではないか。『素問』骨空論王冰注に「繫廷孔者,謂窈漏近所謂前陰穴也」とある。任と妊と廷は声符が同じであり,また廷の異体には妊に酷似するものが有る。
しかしながら,督と同音の字に𧝴があり,「衣背縫」である。また,衣偏に任の袵という字もある。衽と同じで「衣服胸前交領部分」である。袵はえりで,正中線ではないかも知れないが,𧝴との対比からすれば,衣類の前後の真ん中に近い線には違いなかろう。
してみれば,任脈と督脈は,単に前後の正中を行く脈というに過ぎないのかも知れない。

2017年3月4日 星期六

絡脈の色を診る

『霊枢』論疾診尺第七十四
診血脈者,多赤多熱,多青多痛。多黒為久痹,多赤多黒多青皆見者,寒熱。

張介賓曰:血脈者,言各部之脈也。

郭靄春語訳:診察脈,多赤色的多熱,多青色的多痛,多黒色的是久痹的病,如果多赤、多黒、多青三色都見的,就属于寒熱相兼的病。


黄龍祥『中国針灸学術史大綱』:釐清楚了“是动”病的来历,我们就很容易理解,为什么“十五络”、“十二经筋”等不见有“是动”病,而只有在十二经脈中纔有。就是因为它原本是四肢腕踝脈口(主要脈动处)的脈诊病候,因而它与下面所说的经脈“所生”病有本质的区别。相比而言,经脈的“是动”病,与络脈病候的意义很相近,经脈的“是动”病移植於脈口的脈诊病候;络脈病候也直接取自四肢部的脈诊病候,只不过前者主要诊脈之跳动(主要诊脈气),而后者诊脈之形色(主要诊脈血)而已。经脈的“是动”病直取脈口——“经脈穴”治之;络脈病候也独取脈出处或起始处络穴治之,二者如出一辙。


2017年1月15日 星期日

人身非裳温也,中非常熱氣也

逆調論篇第三十四
黃帝問曰:人身非温也, 非熱 也,爲之熱而煩滿者何也?
歧伯對曰:陰氣少而陽氣勝,故熱而煩滿也。
 帝 曰:人身非寒也,中非寒氣也,  寒從中生者何?
歧伯 曰:是人多痺氣也,陽氣少,陰氣多,故身寒如從水中出。

于鬯『香草續校書』:常本裳字。……此言裳,下文言衣,變文耳。
なるほど「非裳温」でなければ「非衣寒」と釣り合わない。しからば「中非有寒氣」と釣り合う為には「非常熱」であるべきだろう。
つまり,「常」に二種の解が有って,衣裳の裳か,恒常の常かではない。前は「裳」で,後は「常」なんだろう。

2017年1月1日 星期日

2016年11月28日 星期一

針をつくる

『天工開物』錘鍛第十巻 針
凡そ針は,先ず鉄を錘(ひっかけたらす)して細条と為す。鉄尺(ものさし)一根を用い,錐(きりで穴をあける)して線眼を成し,条鉄を抽過して線を成し,寸に逐(したがう)って剪断して針と為す。先ず其の末を鎈(やすり)して穎(とがったもの)と成し,小槌を用いて敲いて本を扁(平らで薄い)にし,鋼錐で鼻を穿ち,複た其の外を鎈す。然る後に釜に入れ,慢火にて炒(いる)熬(じっくりいる)す。炒した後に土末を以て松木、火天、豆豉の三物に入れ罨(おおい)蓋(ふた)し,下火を用いて蒸す。針二三口を留め其の外に插して,以て火候を試る。其の外針の入手捻して粉砕と成れば,則ち其の下針の火候皆な足る。然る後に封を開き,水に入れて之を健す。凡そ引線して衣を成すと刺繡とには,其の質皆な剛。惟だ馬尾(福建馬尾鎮)の刺工が冠を為るには,則ち柳条軟針を用う。分別の妙は,水火健法に在りと云。

どうもやはり,鉄の針も,神戸源蔵さんのところで金銀の針を造っていたのと同様に,先ず針金にして,鋼鉄の板に穿たれた孔を通して引き,順繰りに小さな孔を通して引き,次第に細くしていったような……。

2016年11月10日 星期四

いまはむかし

むかしむかし、もしも日本が大統領制だったら、三井か三菱が当選するじゃなかろうか、とつぶやいて、不敬罪に問われたとか問われかけたとか、聞いたことが有るような無いような。

2016年10月27日 星期四

繁体字

『説文解字人体部位字研究』という本を手に入れたんだが,これが簡体字なんですね。だから:
《说文》:“头,首也。从页豆声。”
なんて滑稽なことになる。
「头」は,豆に従って声を得て意を受ける,と言ったって,豆なんてどこに……。
この種の書物くらい繁體字にならないものかねえ。
《说文》:“体,总十二属也。从骨豊声。” 

2016年10月25日 星期二

現代中国針灸学

黄龍祥さんの『経脈理論還原与重構大綱』の「書名に関して」に:
……2013年ころから,「針灸は中国で誕生して,西方で生長した」という議論が段々と国内に伝わって来て,国外の友人から度々わたしに質問が有る。針灸の定義は何か?針灸学の定義は何か?結局のところ「現代中国針灸学」というものは有るのか?前の二つの問題については,わたしも時に考えることが有った。ところが最後の鋭い問題については考えてみたことも無い。当時ただ黙々として自己に問うばかりであった。仮に「現代中国針灸学」なるものが真実存在するとして,わたしにそれと提示することができるだろうか?少なくとも針灸に従事する人が触れられようにできるだろうか?……
と言うわけで,黄さんの書は三部作で,続いて『中国古典針灸学大綱』と『中国新針灸学大綱』が出版されるはずです。そして最後の一冊が究極の目的だろうと思います。