2019年3月29日 星期五

薪は尽きる 火は伝わる(として それで?)

老耼死。秦失弔之、三號而出。
弟子曰、非夫子之友邪。
曰、然。
然則弔焉若此、可乎。
曰、然。始也吾以爲其人也,而今非也。向吾入而弔焉、有老者哭之如哭其子、少者哭之如哭其母。彼其所以會之、必有不蘄言而言、不蘄哭而哭者。是遁天倍情、忘其所受。古者謂之遁天之刑。適來、夫子時也。適去、夫子順也。安時而處順、哀樂不能入也、古者謂是帝之縣解。指窮於爲薪、火傳也、不知其盡也。(『莊子』養生主)

で,
薪が燃え尽きようとしているとき,新しい薪をそえてやれば,火は燃え移る。もとの薪はたしかに燃え尽きるが,火は新しい薪に受け継がれる。
もしくは,
薪が燃え尽きようとしているとき,新しい薪をそえてやれば,火は燃え移る。たしかに火は新しい薪に受け継がれていくが,もとの薪自体は燃え尽きたのであって,何かが受け継がれるのなんのというのは,生死を一つと,真に悟ったものにとっては,どうでもいいことのはず。
あるいは,
「……譬えてみれば、薪であった時には、ここまで燃えたらそれでお終いと分かっていたのだけれど、いざ実際に火が伝わってくると、燃え尽きて一切がお終いだと得心できるほど、安らかにはなれなかったのだ。」

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