2018年9月24日 星期一

販らんかな

明・藍格抄本の音釈の増注と重複記載は政府の再々校定によるもので,商業出版の販書目的などではなく,教育効果が目的なのだろう,といわれる。しかし。実のところ,対象の文字を誤り,奇妙な音釈をし,さらには同じ文字について,同じ一紙の中で重複記載を繰り返す。これでは抄者も頭注を施した戴霖も,さらには政府に校定を命ぜられた学者も,相当に阿呆である。
巻3の中管のところに『九巻』に云うとして,「鶻〔音許又音曷〕骭〔音旱又音干〕」とある。鶻は𩩲の誤り。しかも音は曷はいいとして,許は分からない。骭はさらに変だ。骬の誤りだが,音釈を施した人は,完全に骭と思っている。でなければ,音旱は無かろう。
少しだけ前に,鳩尾のところにも,実は同じ音釈が有る。ただし「𩩲〔音許干音旱又/曷骨音干〕」である。誰が書き足したんだか,𩩲の右下に小さく骭字が有るが,全く意味不明。
で,少しく頭を悩まして,音釈の二行目を1字ずつ下げるべきであることに気付いた。つまり3字目は左行の骨と右行の干を合わせて骭であり,その音釈として音旱又音干がある。そして上の𩩲に対する音釈の音許又音曷のうち又と音の二字を書き漏らしている。
抄者は間違えている。頭注を施した戴霖は,抄者の誤りを理解してない。そして,もとの校定をした学者は骬を骭を信じて疑わない。
本当かね。本屋が販らんかなで努力して,ぼろを出したんと違うか。

2018年9月23日 星期日

しかく……

三角()と三角()を足しても,六角にはならない。

2018年9月17日 星期一

年寄=功を積んで高い位置にあるもの

わしは老人なんじゃぞ と おごそかに宣う
しかし 老人のかたわれは おおむね老人なんだろう
だれがだれを世話するのか
早い者勝ち か
しかし はやく耄碌したものが 先に逝くとは限らない
先に要介護になったかたわれよりも
介護していたものが先になる  別に珍しくもない

老人のかたわれ でなくて よりわかい世代のお役目
ということもある
きっと はやくお終いにならないかなあ と思われる

アカの他人に 業務として世話されたほうが マシかもしれぬ

2018年9月13日 星期四

藍格抄本『甲乙経』の抄者

明・藍格抄本『甲乙経』には,誤字・脱字が甚だしいと,さんざんな言われかたであるが,重要な資料であることに疑いはない。
頭注を書いたのは,巻末に手跋を加えた戴霖であるというのには,反対意見は無さそうである。文字が似ている,らしい。戴霖が戴震の族弟であることは,他にも気付いた人はいると思うが,わたしもどこかに書いた。
では,本文を手写したのは誰だろう。まさかと思うが,本文と頭注の文字,似てないこともない。戴霖が自分で書き写したものを,自分で校正したんじゃないよね。だから,まさかなんだけど,巻二の経脈根結第五の初めのところに,「頭注」として「出靈樞二卷根結篇」とあるんです。こういうのは藍格抄本のはじめのほうだけに有るんだけど,他では本文あつかいの大字なんです。ここだけが頭注……,じゃないかな。

もし,本文の書き手も戴霖だったら,かれが頭注で指摘しているあまりにも馬鹿馬鹿しい誤字・脱字は,断らずに訂正できると思うんだが。