2015年7月31日 星期五

あくたがわ

みなさん,騒いでらっしゃるけど,芥川賞ってそんなに大層なものなんですかね。 そりゃまあ大層なんだろうけど,芥川賞作家の小説なんて読んだ記憶が無い。 そりゃまあ読んだんだろうけど,だれが取ってたのか,なんて知らない。 それにそもそも,芥川龍之介の小説なんて,そんなに佳いかね。中国種の短編なんて,もとの中国の伝奇のほうがずっと佳い。 ああ,『支那遊記』は結構,好きです。つまりわたしにとって,芥川は小説じゃないんだけど。

2015年7月17日 星期五

東洋文庫861『西湖夢尋』p201 葛嶺

……瓶の中には蓮の実のような丸薬があり,それを食べるとまったく味がしなかったので捨て(漁翁に施し)たが,施された老漁師が一つだけ食べると,のちに年は百六歳になった。……

注に,原文を修訂して「捨てようと思ったが,老漁翁に与えたところ,漁翁は一つだけ食べた」の意に取った,と言うが然らず。「絶無気味,乃棄之」,不味かった(効能が有るとも感じなかった)ので,吐き捨てた。「施漁翁独啖一枚」,老漁師にやったら一つだけ食べた。だから,老漁師は長寿を得た。井戸の主は,吐き出したので,なんのことも無かった。

……瓶の中には蓮の実のような丸薬があり,それを食べるとまったく味がしなかったので吐き出し,残りを漁翁に施した。施された老漁師が一つだけ食べると,のちに年は百六歳になった。……

東洋文庫861『西湖夢尋』p198 蘇軾「六一泉銘」

……八極をも指図して斥けているからには,どこに至らないことがあろうか。……

原文は「公麾斥八極,何所不至」。
案ずるに,「麾斥」は,縦横奔放の貌。蘇軾の詩に,「麾斥八極隘九州,化為両鳥鳴相酬」(八極に麾斥にして九州を隘しとし,化して両鳥と為りて鳴いて相い酬ゆ)とある。
八極を縦横奔放に引っかき回すからには,どこに至らないことがあろうか,だと思うがね。

2015年7月16日 星期四

この道は,どこへ行き着くのか?

だって自分たちで選んだ人がやったことでしょう?

行ってらっしゃい! お元気で!


2015年7月15日 星期三

東洋文庫861『西湖夢尋』p155 秦楼

(1)原文「数百武」、古くは距離の単位として半歩を武といった。

これは拙いだろう。言っていることは間違いではないが,普通の人は当然誤解する。古くは,例えば右足を出して,つづいて左足を出して,それで一歩とした。今の言い方なら,二歩である。古くは,例えば右足だけを出したのであれば,一武とした。今の言い方なら,一歩である。

2015年7月10日 星期五

東洋文庫861『西湖夢尋』p80 岳王墳

……(秦檜・王氏・万侯卨・張俊の)四人は反対向きになり(岳飛の)祠廟の赤い壇に向かってひざまづいた。……

四人が反対向きになって,どうやって一つの祠廟に向かうのか,と不審に思って原文を調べたら,「反対向きになり」に相当するのは「反接」でした。反接が「後ろ手に縛る」という意味だということくらいは,『漢辞海』にだって載っている。