2012年4月29日 星期日

あんにゃもんにゃ

未だ? 已に?  例年は今頃が 見頃だったはず?
隣の藤棚 これは未だ だ!

並太陰之経

『太素』巻第九の十五絡脈に,「手太陰之別,名曰列缺,起於掖下分間,太陰之經直入掌中,散入於魚際」云々とあって,楊上善の注に,「並,薄浪反」とあります。
ホウであれば,「傍」に通じ,近寄る,接近するの義で,ソ・フと訓む。
つまり,「……太陰の経にそうて直ちに掌中に入り……」です。
どれほど違うのか,分かりませんが。

2012年4月26日 星期四

ソフトとハードとアップデート

中国伝統医学,中でも鍼灸医学を説明するには,現代ではパソコンを例にしてはどうだろう。
パソコンには,マザーボードやプロセッサやハードディスクやケーブルやキーボードやマウスなど,そしてケースが要る,つまりハードウエアの無いパソコンなどというものは有り得ない。人体においても,皮膚や血管や筋肉や骨骼や内臓など,つまり物質としての肉体が無いわけにはいかない。
しかし,パソコンは,スイッチを押して電源が入り,ソフトウエアが立ち上がってこそ,パソコンである。人も,ただそこにどてっと横たわっている肉の塊を,人とは言いがたい。人では五蔵がソフトウエアを分担して,人を人らしい生命たらしめている。
そして,人のパソコンとの最大の違いは,運転に要するエネルギーを輸入し配給し,ハードウエアを維持し更新する装置を,自前で持っていることではないか。つまり人には六府が有る。

五蔵の不調は,原穴に現れる。そして,原穴に現れた異常を治めてやれば,五蔵の不調も治まると期待される。もし反応も効果も思わしくないとなれば,経脈上を指先側あるいは肘・膝側に探ってみる。そこで,本輸というグループが想定される。何故に,原穴か。最初は五蔵の近くに診断兼治療点が有ったはずである。ところが偶然にか,考えに考えて,探しに探しての結果か,腕・踝関節付近に特異なポイントを見いだした。その方が使いやすいには違いなかろう。では,もともとの,五蔵付近の診断兼治療点は何処だったのか。今いうところの背兪などはよいかも知れない。そこで,五蔵の病を疑ったら,原穴を取ってみる。思わしくなければ,指先あるいは肘・膝側に探ってみる。原穴と背兪で挟み撃ちもおもしろい。
六府の不調は,下合穴を試みる。六府のうちでも,胃・大腸・小腸は,一組だろう。だから,足陽明の膝下に三里上巨虚下巨虚が並ぶ。水に関しては,三焦と膀胱の治療点として膝の後ろに委陽委中が並ぶ。そもそも三焦と膀胱は一体に近いから,これは妥当だろう。胆は,消化器系全体の不調,あるいは中毒のような事態を想定しているのかも知れない。陽陵泉を取る。もう一つ,脾は蔵であるけれども,他の四蔵とは別格のようで,水穀の精微を分配する役目を負うているのだから,これも下合穴じみた陰陵泉で対応させてよさそうである。『霊枢』九針十二原篇には,陽陵泉と陰陵泉も番外風ながら登場する。そういえば,『霊枢』の十二原穴には,五蔵の十原の他に,鳩尾脖胦が有る。これはひょっとすると,府の原穴ではあるまいか。鳩尾は上腹の担当で主な症状は脹,脖胦は下腹の担当で主な症状は泄,なんてね。
ハードウエアとしての肉体はどうするか。ケースに相当しそうな筋肉系統であれば,圧して気持ちいいとか痛いとかに,火鍼を試してみてはどうだろう。その他のハードウエアの故障で,鍼灸ではちょっと難しそうなものは,別の手立てを考える。外科のお医者さんに頼ったからとて,裏切り者よばわりは,ちょっと違うのではあるまいか。
『霊枢』の幾篇かに,頚周りに陽経が到達したポイントのセット(ほとんどに天の字を冠する)の記載が有る。消化器系統あるいは筋肉系統のどちら用なのか,本当は分からないけれど,どっちにしても試してみる価値は有りそう。
背兪―(蔵)―原穴
頚周りの天穴―鳩尾or脖胦―(府)―下合穴
頚周りの天穴―圧痛点

2012年4月25日 星期三

五十六難の連歳不已

西岡由記『図説難経』(2012)に,五十六難の「肝之積 名曰肥氣 在左脇下 如覆杯 有頭足 久不愈 令人發咳逆 㾬瘧 連不已」の「歳」は「噦」と読むべしという説が紹介されている。臨床的には,左脇の下にしこりが有ると,逆気して噦(しゃっくり?)が続くことはしばしば経験しているし,またそもそも文章的にも,「久不愈」と「連歳不已」では,慢性化する解説がかさなるのはおかしい,とのことです。

でも,今までの中国の学者さんにも,そうした異見の人は無かったというのは,しこりができて,それが簡単に消えてくれればいいけれど,そうでないと咳き込んだり,瘧を発病したりして,何年も苦しむことになる,ということで別に不都合を感じなかったということでしょ。

もう一つ蛇足を付け加えると,そもそも十七難に,経言として「病或有死,或有不治自愈,或連年月不已」というのが有る。同じ書物の中で,かしこでは「連年月不已」,ここでは「連歲不已」だとすると,どうしてそんな言い換えをしたのか,不審ではある。そこで,何愛華『難経解難校訳』(1992)では,『脈経』、『甲乙』、『病源』巻十九『積聚』、『要方』、『外台』、『校訂』に拠って「月」字を補って,「連歳月不已」としている。現代中国人にとっても,「月」字が有ったほうが自然な言い回し,ということなんですかね。「年」じゃなくて「歳」なのは,もとの字がそれかそれに近い形だったから,ということなんですかね。

2012年4月22日 星期日

5月の読書会

5月の読書会は,ひさびさの第2日曜です。

5月13日(日)午後1時~5時
場所はいつものところの 二階の 音楽室!です。

2012年4月21日 星期六

さすがに……

土手が崩れる恐れがありますので 上がらないで下さい

のこるところはこれだけ

2012年4月15日 星期日

未だかくの如し

上にサクラ 下にタンポポ 中にチビッコ とママ?

よこになって みあげてみれば

2012年4月12日 星期四

『太素』脈論の(新)新新校正

『太素』巻16脈論の、『素問』では経脈別論21に相当する部分、新校正でも:
是以夜行則喘,喘出於腎,淫氣病肺。
有所墯恐,喘出於肝,淫氣客於脾。
有所驚駭,喘出於肺,淫氣傷於心。
度水跌仆,喘出於腎與骨,當是之時,勇者氣行已,怯者則著而爲病。
と句読していましたが、楊上善注に従えば:
是以夜行則喘,喘出於腎。
淫氣病肺,有所墯恐,喘出於肝。
淫氣客於脾,有所驚駭,喘出於肺。
淫氣傷於心,度水跌仆,喘出於腎與骨,當是之時,勇者氣行已,怯者則著而爲病。
とすべきです。新校正の編修方針としてはそうあるべきでした。ただし、本当はどちらが正しいのか、というのとは別のはなしです。

2012年4月8日 星期日

2012年4月2日 星期一

4月に読書会をもう一度

4月1日のお花見は、やはり無理でした。……ことしはムチャクチャおそい。

3月をお休みにした代わりとして、4月の読書会は、もう一度やりましょう。
4月22日(日)午後1時~5時
場所はいつものところの 二階の多目的室 です。

4月の第4日曜日のお花見は……、それは、いくらなんでも、無理でしょう。

2012年4月1日 星期日

万愚節

『よくわかる黄帝内経の基本としくみ』の台湾版『黃帝內經精要解說圖解』が、一月の半ばに出ています。
翻訳の精度を確認するためにと、あちらの出版社に要求して、やっと数冊が届けられました。発行後おおよそ二ヶ月半です。
ひどいものです。ほとんど毎ページで首をかしげ、数ページに一カ所くらいは明らかな誤りが見つかりそうです。
別に、中国古代医学の素養が無ければ無理だとか、そういう意味ではなくて、なんでもない内容や表現を理解できてないと思う。
例えば、原文は:
パソコンのケースの中には様々なパーツが入っています。こうしたハードウエアなくして、もちろんパソコンはありえません。しかし、電源が入ってソフトウエアが立ち上がらなくては、やはりパソコンとはいえないでしょう。
翻訳は:
電腦內部有各式各樣的零件,即便沒有硬體設備,還是電腦,但如果插上電源,卻沒有啓動軟體,就不是電腦。
変じゃないですか。「ハードウエアなしのパソコンなんて有り得ないけど……」と言ったのが,「ハードウエアなんてなくてもパソコンなんだけど……」に変わってませんか。
教養知識のレベルもいささか疑わしい。唐の玄宗の時代に起こった「安祿之亂」って、何ですか。(わかりますよね、安禄の乱のはずです。)
涙が出そうです。……だから、笑っちゃいます。

現物を見て、アラさがしをしたいという、物好きな人はいませんか。
なんだったら、に連絡するか、ここにコメントしてください。(数人にですが)お贈りしたいと思います。

前に不安を告げたとき、翻訳についてのエージェンシーから:
専門用語や原理などの翻訳にミスがあるかどうかは、こちらは判断できません。もし読者を誤導したりするような重大なミスがあれば、ぜひ教えていただきたいです。対応策を考えさせていただきたいと思います。
と返信が有ったけど、そんなこと言われたって、そんなレベル、そんな量ではないような。