2013年4月3日 星期三

不当のところは読者これを指正す

『素問考』の末に「寛政四年庚戌之夏集之」とあるが,庚戌は寛政二年であるから,庚戌は壬子の誤りであるとか,四年が二年の誤りのはずとか囂しいが,学苑出版社の校注本の前言で,銭教授が句読を工夫して,「寛政四年(に完成した)。庚戌の夏に集めはじめた。」と読めといわれる。さすがというべきところかも知れないがいわない。
明の劉純『医学入門』陳有戒陝西刊本の楊士奇序に「正統三年己未」とある。「己未」なら四年のはずである。こうした誤りはしばしば起こりがちなものであって,いちいち妙な工夫をして辻褄合わせはしないほうがいいと思う。

1 則留言:

  1. 『素問考』の生気通天論の最初の項の中に在る句を,校注本には「呉本:生字句之,是也。不穩。」とある。こんなの意味が分かりますか。実はこの項の標題は,「夫自古通天者」で,「以下の十三字はまた六節蔵象論に出る。この一節ははなはだ読み難く,恐らくは脱誤が有る」と言っているんです。だから,呉本が「通天者生」で断句するのも,「これまた穏やかならず」と言うんです。だから,『素問識』では「簡按呉以生字接上句不穩帖」と言いかえてある。鼇城公観輯『素問考』も桂山先生口授『素問記聞』も,やや不穏当な言い回しであり,しかも誰の按語かも言ってない。『素問識』では「簡按」と明記し,表現を余程まともになおしている。『素問考』の内容が,実は誰が説いたものであったのか,を考える傍証ともなろうかと。

    回覆刪除