2014年3月3日 星期一

其他奇方異治

『甲乙経』皇甫謐序に:
……漢有華佗、張仲景。其他奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末。……
とあり、張燦玾氏も黄龍祥氏も、「其他」は「華陀」であるべしとして、『千金翼方』序を証拠に挙げるが、合点がいかぬ。
……漢有倉公、仲景,魏有華他,並皆探賾索隱,……
漢代の人として倉公と仲景だけを挙げたから、魏には華陀というのであって、『甲乙経』皇甫謐序のように漢代の人として、華佗と張仲景を挙げたのであれば、改めて華陀の奇方異治がどうのこうのという必要は無い。『千金翼方』序なんて、他は佗に通じるという証拠くらいにしかならない。
……漢に華佗、張仲景有り。其の他に奇方異治を,世に施すもの多し,またことごとくその本末を記すこと能わず。……
で、なんでいけないんだ。張氏とか黄氏とか、碩学がこぞって咎めるところからすると、「其他」云々では現代漢語として、気色が悪いんだろうか。

6 則留言:

  1. 丸山昌郎先生の和訓は,「漢に華佗、張仲景あり、其の他、奇方異治、世に施す者多く、亦尽くは其の本末を記すこと能わず。」
    で,その通釈として,「また更に漢代になると、漢末には華佗と張仲景がいた。その他にも、特殊な処方や治術を行なって成績を上げた人々も多数あったが,その全部を一々枚挙することは不可能である。」

    段逸山主編『醫古文』に載せる注釋には,「其他:據上下文義,疑為“華佗”兩字之形訛。一説,“他”字疑衍。」と載せる。

    現代中国語に堪能な人に問うたところ,「その他にも、特殊な処方や治術を行なって」云々にするためには,「其他有奇方異治」云々にする必要が有りそうということになった。
    前前からの文章と並べると:
     中古名醫有俞跗、醫緩、扁鵲,
     秦有醫和,漢有倉公,其論皆經理識本,非徒胗病而已。
     漢有華佗、張仲景, 其他有奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末。
    なんだか悪くなさそうな……。そこで,「一奇説:“其他”下脱“有”字。」
    さらにまた珍説として「漢有華佗、張仲景」は「魏有華佗、張仲景」の誤り。漢有また漢有は,いささか気色悪い。

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  2. 少なくとも,「其の他にも,奇方異治を,世に施す者は多かったけれど,やっぱりそれらの顛末の尽くを記述することなどはできない」と,言いたいことは有るわけで,そうした場合,文章の上手い人ならどう書いたんだろう。

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  3. 今さらながら,やっぱり華佗で好いみたいです。
    「中古名醫有俞跗、醫緩、扁鵲;秦有醫和,漢有倉公」で,「其論皆經理識本」,其論はこれら数人の名医の論。
    「漢有華佗、張仲景」とあって,華佗が「奇方異治,施世者多」だけど,「亦不能盡記其本末」であるから,劉季琰の故事を一つ挙げ,張仲景には王仲宣の故事を挙げる。ただし,華佗と張仲景の双方について「奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末」であるといい,華佗については劉季琰のことをいい,張仲景については王仲宣のことをいう,のほうがすっきりはする。とすると,「其他」はどうすべきなんだろう。「他字衍」も,やっぱり魅力的。

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  4. 「其の他の奇方異治を,世に施すもの多し」かも知れない。

    「其の他の奇方異治,世にこれを施すもの多し」とする必要が有るのか?

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  5. 古代漢語も現代漢語も独学で,つまり,ちゃんとしたことを知らないんで自信が無いんだけど,もし「其他有奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末」でなきゃいけないんだったら,「華佗奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末」だって,華佗の下に「有」字が要るんじゃないか。

    結局のところ,劉季琰の件の名医が華佗であることは,何処かに記す必要は有るわけで,「其他」が即ち華佗といわれれば,そうかなと思わないでもないけれど,「奇方異治,施世者多,亦不能盡記其本末」は,その他大勢のことであるのが相応しいとも思う。第一,華佗のことを「其の佗」なんて,なんだか変な書き方のような気がするのは,ちゃんとしたことを知らないからなんだろうか。

    とまあ,未だにグダグダと……。

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  6. 漢有華佗、張仲景、其他奇方異治、施世者多、亦不能盡記其本末、若知直祭酒劉季琰病發於畏惡、、云……、仲景見侍中王仲宣時年二十餘、謂曰……
    やっぱり文章のなりゆきとしては,漢代には華佗とか張仲景とかいうのがいて,その他の奇方異治を世に施すものも多かったが,その全部を詳しく紹介するわけにはいかないから,華佗の故事はかくかく,張仲景の故事はしかじか,という具合であってほしい。「其他」を「其の(華)佗」であると云われても,納得し難いのだが,劉季琰の故事のどこかに「華佗」がやったことだとは言わなきゃならんわけで,「其他」がそれだとなるんだろうが,そこはやっぱり「別的方治」にしておいてもらって,後の方で「華佗治之而瘥」(華佗が治療したら治った)にでもしてもらえんものか。

    まあ,『後漢書』華佗伝なんかをみても,華佗の治療が奇妙奇天烈なものだというイメージは古くからのもので,それにくらべりゃ張仲景のはまともで,奇方医治と言うにはあたらないのかも知れないが,この序の中自体では大差ないような。

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