2017年5月15日 星期一

初めよりこれを疑はず

講談社文芸文庫の吉川幸次郎『詩文選』に、小野勝年氏「歴代名画記」(岩波文庫)に対する批判が載っている。
例えば巻五康昕の条に、
 書類子敬、亦比羊欣、曾潜易子敬、題方山亭壁,子敬初不疑之、
とあるのを、訳者は、
 書は子敬に類し、亦羊欣に比ぶ。曾て潜かに子敬に易りて、方山亭の壁に題す,子敬初はこれを[自筆と考へて]疑はず。
 と訳していられるが、「初不疑之」は「全く疑わなかった」の意であって、「初はこれを疑はず」の意ではない。「初不」は絶対の否定であって、行為の初期のみを否定する語法ではないのである。訳者がこの誤を犯されたのは、「はじめ」なる訓読の国語に膠着された為と考えられる。(初出は、一九三八昭和十三年九月「東方学報京都」第九冊)
『漢辞海』に、
いままでずっと。はじ-めより。〈「初無」「初不」と否定を表す語とともに用いる〉

1 則留言:

  1. 岩波文庫『唐詩概説』(小川環樹著)の附録「唐詩の助字」に:
    初は下に否定辞をともなうと、否定を強調する。初不(初めより……せず)、初難識(初めよりしりがたし)。始はこの意義を有しない。

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