2015年8月14日 星期五

有と在

仁和寺本『太素』巻三・陰陽大論に「故清陽出上竅,濁陰出下竅」とあって,その楊注中に「起於中膲,並於胃口,出上膲之後」と言う。この「有」は「在」の誤りとして,新新校正には:
新校正は「有於胃口」の「有」を「行」に作るが,大正模写本を見れば「有」である。ただし,これは和訓が同じであることからきた誤りで,正しくは「在」とあるべきところだろう。
としておいた。ところがである。明藍格抄本『甲乙経』巻三・手少陽及臂凡二十四穴第二十八に「消爍肩下臂外開腋斜肘分下胻刺入六分灸三壯」とあって,戴霖が欄外に「有乃在之誤」と書き込んでいる。まさか,明藍格抄本『甲乙経』の抄者も日本人,なんてことは無かろう。してみれば,中国人にも「有」と「在」を間違える理由が有ることになる。実は鍼灸古典聚珍『新校正 黃帝三部針灸甲乙経』(と言っても,試作本の複印)でも,巻六・内外形診老壯肥瘦病旦慧夜甚大論第六の「在内者,五藏爲陰,六府爲陽;在外者,筋骨爲陰,皮膚爲陽。」を「内者,五藏爲陰,六府爲陽;外者,筋骨爲陰,皮膚爲陽。」に誤っていた。

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