1992年だか1993年だかに,同じ出版社から『内経霊素考』というのが出ています。今回のは,同じ著者連中で「辨」というのだから,その後の考察でも加えたのかと思って取り寄せてみたけれど,今のところどこがどうなったのか,さっぱり解りません。多分,そのまんまなんでしょう。
以前に読んだとき困惑した箇所もそのままです。最大のものの一つは,今度の書物でいえば52ページです。
『素問・蔵気法時論』に,「肝病者,両脇下痛引少腹,令人善怒,虚則目䀮䀮無所見,耳無所聞,善恐如人将捕之,取其経厥陰与少陽。気逆則頭痛耳聾不聡頬腫,取血者。」とある。このうち,「両脇下痛引少腹」は足厥陰肝経の病候であるが,外はいずれもそうではない。「善怒、目䀮䀮無所見、善恐如人将捕之」は『足臂』には見えないが,『陰陽』の少陰脈の病候に記載が有り,『経脈』の少陰の病候に見えるが,ただ「善怒」の一症は無い。後文の「頭痛、耳聾不聡、頬腫」は,『足臂』の足少陽脈には見えない。『経脈』の足少陽の脈には僅かに「頭痛」の一症を載せるが,『陰陽』の耳脈(即ち足の少陽脈)の病には,「頭痛、耳聾不聡、頬腫」の四症がともに見える。だから,『蔵気法時論』の「肝病者」の一段は,『陰陽』の後を継いだ著作の中の足の厥陰、足の少陰、足の少陽の三脈の病症からの選輯であると言える。この段の文字がもし錯簡,あるいは伝抄の誤りでないとすれば,『蔵気法時論』と『素問』のその他の論文とは,一時一人の手に出るものではないとしか説明のしようがない。二十年前には,その論述の新鮮さ大胆さを喜んだけれど,今回もそれは変わりません。ただ,二十年前にも,著者らの思い違いを危ぶみ引用のミスを疑ったけれど,それも未だ変わらない。
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