2012年6月6日 星期三

促織

『聊斎志意』に、促織というのが有る。名作の誉れも高いらしい。だからか、むかし平凡社からB5版箱入り二冊本で出たときには、古い本のその挿絵が表紙デザインに用いられている。
促織はコオロギである。かいつまんで言えば、明代の宮中で、盛んだったコオロギ合わせのお話。西方の地方官がよせばいいのに、一匹献上した。それがまた、意外にも活躍したので、さらに献上せいということになったが、西方にはそうそうコオロギなんていない。上官は下役に命令をおしつける。下役は途方にくれる。でも、まあいろいろ苦労のすえなんとか一匹捕まえる。それを、下役の小さな子供がうっかりひょんと逃がしてしまう。下役は当然ながら叱責する。叱られて、子供は井戸に身を投げる。その後の一節を平凡社の増田渉訳で示せば:
日も暮れかけたので子供の屍骸を片づけるために、藁づつみにして葬ろうと、近づいてさわってみると、まだかすかに息があった。驚きよろこんで、すぐ寝台の上に寝かしておいた。すると夜中になって再び生き返った。夫婦はやっと安心した。だが、子供は痴呆のように、昏昏と眠りつづけている。一方、こおろぎのいなくなったからっぽの籠をふりかえると、成は気が滅入って、声もたて得ず、子供の様子をみようともしないで、暮れ方から夜明けまで、まんじりともしなかった。
ここのところ、人民文学出版社の初稿に近そうな原文では、以下のようになっている。
日将暮,取児藁葬。近撫之,気息惙然,喜置榻上,半夜復甦。夫婦心稍慰。但蟋蟀籠虚,顧之則気断声呑,亦不敢復究児。自昏達曙,目不交睫。
つまり「子供は痴呆のように、昏昏と眠りつづけている」に相当する句は無い。子供は、あっさりと回復してしまっている。
さて、子供が逃がしたからといって、そのままですむわけも無く、さらに探してなんとか一匹、やや貧弱にも見えるものを捕らえて献上すると、意外や意外の大活躍で、地方官も上からのお覚えめでたく、下役にもたびたび賜り物が有って、豊かになったという。その末尾に近い部分を平凡社の増田訳で示せば:
知事はよろこんで成の夫役を免じ、また学使にたのんで県の試験及第者の資格を与えてもらった。それからは虫を飼うのがうまいという評判をとり、巡撫からたびたび特別に目をかけられた。
ちょっと待ってよ、痴呆のように、昏昏と眠りつづけている子供はどうなったの、と柴田天馬訳を引っ張り出してみれば、「資格を与えてもらった」と「それからは虫を飼うのがうまいという評判」とに相応する句の間に:
ひと歳あまりの後、成の子は、精神が、もとのとおりに直って、言うのであった。
「あたい促織になって、はしっこく、うまく闘をしたよ、今やっと甦ったの!」
さては柴田天馬が、かってにめでたしめでたしにしたのか、と思ってインターネットで調べたら、どの(流布本の)原文にもこの部分の句は有る。つまり、初稿と流布本の間には、子供と最後に活躍するコオロギの関係なんて無いものと、仮死の子供の化身したコオロギが活躍したのだと説明する改編との間には、平凡社本が拠った中途半端な本が有ったことになる。平凡社の増田訳では、痴呆のように、昏昏と眠りつづけていた子供は、その後どうなったのか。

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