2017年11月16日 星期四

比較しない脈診

……十一ないし十二の脈の一つ一つには、「動脈」と呼ばれる搏動部がある。ある脈の状態を計測するうえで最もシンプルで確実な方法は、この一つ一つに触れてみることだろう。十二経脈脈診(『足臂経』と『陰陽経』の場合は、十一経脈脈診法)とはこうした脈診法である。しかし、この脈診法は確実だが煩瑣なうえ、十二脈すべてを比較するとなると現実にはかなり困難であったため、より簡略な方法にその座を奪われたらしく、医経(『素問』などの医学の経典)のうちにはわずかな痕跡を残すだけである。……(『中国医学思想史』)
なんで「十二経すべて」を気にするのか。医学のまなざしを保持しているほどのものであれば,おおよその雰囲気は,触れる前に,つかんでいるのじゃないか。疑わしい幾経かに触れてみれば十分だろうに。
なんで「比較」しようとするのか,何と「比較」しろというのか。触れたその動脈自体に違和感を覚えれば,それに素直に対応すればよかろうじゃないか。

結局,意外とシステマチックな,明快な医学を考えているのと違うか。


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